香苗先生の法律コラム

掲載日:2015年01月14日

子どもの考える力は、大人になって生きる力の基です♪

ママの皆さま、明けましておめでとうございます。昨年末は、少々忙しくなりすぎてしまったのと体調を崩してしまったのとが重なり、コラムを少しお休みしてしまいました。いつもこのコラムを楽しみにしてくださっている皆さま、ご心配おかけして申し訳ありませんでした。たくさんの“やること・やりたいこと”はあれど、無理をして体調を崩してしまってはダメですね、反省。今年の目標は、「体調を崩すまでの無理をしない程度に努力する」です。(あ、そのまんま? 笑)

さてさて、そんなこんなではありましたが、コラムvol.119で少し触れた、小学4~6年生対象の「子ども法律教室」のお手伝いボランティアは続けておりました。
そして、年末にかけての3回は、「民法」の法律教室でした。民法といえば、このコラムでの登場回数ナンバーワン。結婚・離婚、親子のこと、相続のこと、借金や物の貸し借りなどの契約のこと、未成年者のした契約は取り消せること、などなど、「私たち=民(たみ)」の「法(ほう)」として、私たちが日常生活を送るうえでの身近なルールを定めています。
この子ども法律教室では、「民法にはこのような規定があります」というような、民法のルールを知識として覚えてもらうということはしません。そんなことが目的の教室ではないんです。では何をするのかというと、民法はなぜ存在するのか、といったような、そもそも論的なハナシを考えてみよう、ということになっています。こういう風に言うと、難しく感じてしまうかもしれませんが、そこは私の説明が拙いからでして(汗)、「よくある身近な事例があって、その事例の中ではちょっと困ったことが起きている、そしてその困ったことについて、ある人はこうしたらいいんじゃないかと言っているけど、キミはどう思う?」といったことを、子ども達に、自分自身の自由な発想で考えてもらうんですね。そして、その問いかけについての答えに、1つだけの正解はありません。

私の子ども時代もそうでしたが、大きくなるにつれて、勉強は競争、ましてや受験は熾烈な競争、ペーパーテストの正解率の高い子が勝ち、そうなっているように感じます。小学4~6年生で既に、「その答えは何?」と1つの正解探しをします。でも、私たちが生きていく世の中って、正解が1つだけという場合の方が珍しくないですか? いろいろな選択肢、考え方があることが前提で、自分なりに思考を重ねて、選択して、トライして、より良いものを模索して…という場合の方が多いと思います。これってなかなか困難で苦しい作業だったりしますよね。
だから、子どもたちが将来、正解のない社会という名の荒野に放り出された後も、たくましく自分の力で生きていくためには、正解のないものについて「自分の頭で考える力」を身につけることって、とても大切だと思います。

ある有名法科大学院の教授がおっしゃっていました。――― 学生に、ある法的問題について問いかけをしたら、「先生、それは最高裁でこの判例があるから、これが正解です」と答えが返ってきた。最高裁がこうだと言っているからそれが正解というのでは、思考停止ではないですか。この問題について、あなた自身が、どのように法的思考を巡らせるか、それが大事なのではないですか。――― 法科大学院は法曹の卵が学ぶ場なのに、これが現実なのだとか。でも今まで、正解がないものについて「自分の頭で考える」教育は受けてこなかったけれど、ペーパーテストの正解を出す訓練は受けてきた、という学生であれば無理もないかもしれません。

そうであるならば、今やっている「子ども法律教室」のような試みって、ものすごく大切だと思います。正解のないものについて「考える力を育てる」って、「生きる力を育てる」っていうことにつながるからです。
こういう教室、自分でも開催できるようになりたいなぁと思っています。